新大阪で宮崎勝之と待ち合わせ。
結局、彼の妻でマネージャーの宮崎千秋も同行することになった。
関空に付くと、昔からのポン友で宮崎の先輩、シャン石川が待ってくれていた。
彼は航空関係の仕事で、常に関空にいるのだが、この日は休みにも関わらず
わざわざ岸和田から出てきてくれた。
ヒマな、いやいや良い友人である。
シャンに昼御飯をゴチになり、いよいよ搭乗口へ。忘れていた飛行機嫌いが
顔を出し始める。アメリカン航空ダラスフォートワース行き17:40発の予定。
シャンが岸和田弁で言うには
「AAはよう遅れることがあるんやし。」
を聞いてはいたが案の定18:15になって
「遅れておりますアメリカン航空ダラスフォートワース行き17:40発の
正確な出発の情報は30分後にお知らせできます。」
とのこと。
「まぁ、しゃーないなぁ。歩いて行く訳にいかんにゃし。」
30分以上経って19:30
「出発は21:00になります。」
「えぇ〜そんなん早よ言いな。アメリカかて僕が行くの待っとんにゃで。プリプリ」
「皆様方に軽い食事の御用意が・・・。」
「割に親切な飛行機会社やないの。」
待ちくたびれた怒りは菓子パン2個とオレンジジュースで簡単に治まる。
しかし空港のロビーで、大勢がパンを食べる姿はどこかしら難民の
ようでもある。21:00になると今度は
「故障した部品を羽田から取り寄せているところです。」
「まあ潰れたまま飛ばれることを思うとその方が安心はできるなぁ。」
ひとの噂では
「機内食を配りよったら今日はフライトする気がないんやで。」
そこへ2回目の食事の案内
『鮭とほたてのわっぱ飯』
前に居たインド人の子供が食べられんで困ってる。
「そら、食えんわなぁ。」
その後も、あと10分で、もうあと15分で、を繰り返し、23:23本日の
フライト中止。中には本気で怒って乗務員に詰め寄る人も居ました。
その人も、そんなこと言うても無理やとわかってはいるのに・・・。
そやけど、AAの人に教えてあげたい。そらそんなに上手いことはいかんかも
しれんけど、
「今日はフライトできない可能性がある。」
を先に伝えておいた方が、心情としてはええノンとちがうやろか?ちょっとずつその場の
言い逃れをして、言い訳が積み重なってしまうから、その分みんなも腹が立つ
とぼくは思うのです。時には人の気持ちも研究して下さい。結局、本日は
日航ホテルに泊まるはめに。パスポートには本日出国、本日入国、日付けは
4月1日。ウソみたい。
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